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おめでたいお茶会にぴったりの御軸です。清水寺歴代貫主の中でも最長老の大西良慶老師107歳の墨蹟はしっかりとした且つ豪快な筆致で「寿」を画面いっぱいに一字揮毫されております。落款は「良慶百七」として印が捺してあります。共箱の蓋表には『寿』、蓋裏には『良慶百七』として印が捺してあります。
目立った汚れ等無く、表装もパリッとしており全体の調子は良好です。共箱もきれいです。
長さ185㎝ 幅38㎝(表装を含む)
共箱。紙本。塗軸(春慶塗)
『寿』
【読み】
じゅ
【意味】
「寿」は元来「時間が久しい、命が長い」という意味を表す文字であったが、のちに命の長いことを祝福する意味に用いられるようになり、さらに慶事一般に用いられる祝いの言葉となって、現在に至っている。「福寿海」「寿山万丈高」など、掛軸には多く用いられる語である。
▢大西良慶(おおにしりょうけい)
明治8年(1875)~昭和58年(1983)
北法相宗の僧。京都清水寺の貫主を務め、晩年は長寿の高僧としても有名であった。奈良県の出身。号は「無隠」。明治2年(1889)に奈良の興福寺に入り、千早定朝師に従い出家する。明治32年(1899)、興福寺231世となり、明治37年(1904)には、法相宗の管長に就任する。大正3年(1914)、清水寺住職となるが、興福寺も兼務する。昭和40年(1965)、清水寺を本山とする北法相宗を設立、初代の管長に就任する。法相宗以外の諸宗にも造詣が深く、日本宗教者平和協議会会長など仏教界の要職を歴任した。良慶節と呼ばれる独特の説法でも親しまれた。平和・民主・革新の日本をめざす全国の会(全国革新懇)世話人も務めた。昭和58年(1983)、107歳で天寿を全うした。当時の男性長寿日本一でもあった。日本人男性としては最後の明治一桁生まれの生き残りでもあった。
【参考文献】
茶掛の禅語辞典 淡交社
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